オフィスはコスト? 価値の大転換はいつも思いやりから始まる

Culture

オフィスはコスト? 価値の大転換はいつも思いやりから始まる

福祉業界のオフィスは、たいていすみっこにある

2014年12月、「夢のまちケア 千葉中央訪問介護事業所」の開設を機に、ドットライングループの福祉事業は始まりました。当時の事業所は、六畳一間、家賃5万円以下の小さなアパート。従業員3名からのスタートでした。

 私の考え方は、徹底的な現場主義です。従業員や利用者にとって一番良い環境を作るのが、経営者の務めである。それが私の考えでした。従業員は給料が高い方が嬉しいし、利用者は介護サービスが良い方が嬉しい。だから私にとって、訪問介護事業のオフィス設備にかける優先度は決して高くありませんでした。そこにお金をかけるくらいなら従業員の給料を上げたほうがいい、と考えていました。

 介護や福祉の業界において、それは決して変わった考え方ではありません。福祉事業に参入するまでにさまざまな事業所や施設を見学しましたが、オフィス設備を重視しているところは見たことがありませんでした。福祉業界のオフィスといえば、たいてい建物の一区画に細々と設置されているだけ。私もそういうものだと思っていました。

 介護事業をスタートして、私はとにかく現場で実績を上げることを優先しました。介護における「現場」とは、利用者との関係だけを指すのではありません。利用者をつないでくれるケアマネージャーとの関係も重要です。利用者やケアマネージャーといかに良好な関係を築き、親密な距離を保ち、素早く対応できるか。それが現場で優先されるべき仕事でした。

 しかし実績を積み、事業を拡大していくうちに、少しずつ課題が出てきました。私たちのサービスを利用してくれる方が増えるにつれ、業務が複雑になってきたのです。単純に現場の職員を増やすだけでは、迅速に対応することが難しくなってきました。なぜなら、その原因は現場そのものではなかったからです。

福祉の現場の問題は、現場「以外」のこと

対応が遅れ始めた大きな要因は、「管理部門」にありました。福祉事業は、国や行政の認可を受けて行う仕事です。事業やサービスを進めるには、行政への手続きや申請、書類の作成や提出がたくさん必要です。事業規模が大きくなるほどその手間は増え、ますます複雑になります。

 介護職に就く人は、介護がしたくてこの業界で働きます。事務がしたくて介護職に就く人はいません。現場で介護に集中できることが一番で、それが利用者やケアマネージャーの満足度につながります。その方が仕事の生産性も上がり、会社としても安定します。それなのに、事務の方が介護より優先されてしまう場面がたくさん見受けられました。

 介護にかける時間と手間が削られてしまうと、利用者やケアマネージャーの満足度はもちろん、介護職のスタッフの働く意欲まで下がってしまいます。管理部門の問題を解決することは、意外と重要で優先度が高いということに私たちは気付きました。

 そこで私たちはまず、専任で事務や管理の業務にあたってくれるスタッフを置くことにしました。書類作成や申請手続きはすべて専任スタッフに任せ、介護職のスタッフには介護に集中してもらいます。役割分担を明確にすることで、現場のサービスの質を守ろうとしました。

 すると効果はすぐに現れました。介護職のスタッフを事務から解放したことで、現場対応のスピードが上がったのです。訪問効率が飛躍的に改善し、利用者やケアマネージャーに喜んでもらえたことで、売上も上がるようになりました。現場の満足度を高める秘訣は、実は現場ではなく、「事務」にあったのです。

 こうした経験から、私たちは現場だけでなく、裏方として支える管理部門も重要な存在であると考えるようになりました。

現場の満足度向上へ、意外な突破口は「オフィスの改善」にあり

福祉業界のオフィスは、だいたいどこでも隅に置かれているものです。しかしそこで扱われる事務や管理の業務は、現場に大きな影響を与えます。だから本来なら、その業務にあたってくれるスタッフも現場のスタッフと同じくらい重要です。となると、その人たちが働く環境を軽んじるべきではありません。

 そこで、私たちは管理部門の働き方やオフィス環境を改善していくことにしました。それが現場の満足度向上につながると信じ、思い切った価値転換を図りました。それは今思い返しても大きな挑戦でした。

 まず私たちは、事業所が手狭になったタイミングでコワーキングスペースに移転しました。そこは都会的なデザインが施されていて、フリードリンクもあり、福祉業界のオフィスにはない開放感がありました。ウェブサイトで移転のお知らせとオフィスの様子を掲載したところ、採用への良い影響も出てきました。雰囲気の良さに惹かれて応募してくれる人たちが増えてきたのです。

 綺麗なオフィスに移り、管理部門のオフィス環境を良くしたことで、介護の現場の能率も上がりました。介護職のスタッフはますます書類作成や申請手続きの事務から解放され、さらに現場に集中することができるようになったのです。それを知った介護職の人からの応募も増え、事業はますます拡大していきました。

 実際の変化を目の当たりにして、私たちは福祉業界の大きな思い違いを確信しました。職場の環境やオフィス設備は、給与や待遇と同じくらい従業員のモチベーションを左右します。環境を改善するほど、仕事の生産性や創造性は高まります。それはつまり、オフィスは「コスト」ではなく「投資」だったということです。こうして私たちのオフィスをめぐる改善と洗練は加速していきました。

オフィスは何のためにある? 理想に見合う環境を求めて

新たなグランドデザインと、オフィスに求める「譲りたくない条件」

コワーキングスペースに移転して3年。すぐにそこも手狭になり、もっと広い拠点が必要になりました。2年連続で2倍成長を達成した事業スピードを考えると、管理部門もさらに本格的に稼働させなくてはいけません。成長を維持するためには、妥協せず、将来を見据えた「強気な投資」が必要でした。

 ただ、次なる挑戦には問題がありました。利便性の高い広いオフィスほど空いていないのです。千葉駅周辺は昔から人の往来が盛んなエリアで、条件に見合う広い場所はほとんど埋まっていました。

「どこか良い物件ないですかね?」

 付近の不動産会社はもちろん、経営者の知人や千葉に詳しい人にも相談しました。しかし、千葉駅周辺で条件に見合う物件はなかなか見つかりません。今度の物件探しは困難を極めました。

 今までなら、スピードを重視して多少の狭さには目をつぶっていたかもしれません。もともと私は行動してから考えるタイプで、悩むくらいなら即断即決で進みたい性格です。しかし利用者や従業員のことを思うと、働きやすさと居心地の良さやは譲れません。私にしては珍しく、決断に時間がかかりました。

ワールドビジネスガーデン(WBG)との出会い:千葉を代表する会社を目指して

やがて、相談した人たちからいろいろなご提案をいただくようになりました。そして、その中から少しずつ共通点が見えてきました。

 「千葉駅周辺じゃないとダメですか?」

 「千葉の会社は、幕張に本社を置いてるところも多いですよ」

 「海浜幕張駅のワールドビジネスガーデン(WBG)がオススメですよ」

 信頼できる人たちが口をそろえて提案してくれたのが、「ワールドビジネスガーデン(WBG)」でした。

 WBGは、千葉の優良企業のランドマークとなるビルです。AEONやZOZOTOWN、QVCといった有名企業が数多く入居しています。私たちも千葉を代表する企業を目指して成長を続けていたので、由緒あるところに移転することは理に適っているように思いました。場所と広さは申し分なく、先輩経営者に相談しても多くの人が賛成してくれました。

 ちょうどその時期、ZOZOTOWNが本社をWBGから西千葉に移転するニュースが流れました。前澤社長は名前が同じ「ゆうさく」なので、ドットラインが居抜きで入れば話題性もあり、入居コストも下げられるかもしれないと考えました。

 そこで実際にZOZOと交渉してみることにしました。が、移転にかかるコストが想像以上に膨大で、その時は断念せざるをえませんでした。ZOZOはオフィスを大幅に改造していて、原状回復のための追加費用が必要だったのです。当然、毎月のランニングコストも今までの比ではありません。あまりのリスクに私自身がビビってしまいました。

 結果的には別のフロアに入居することになり、まもなくその判断は正しかったと思えるようになるのですが、身の丈に合わない挑戦は人を萎縮させるものです。人や地域に対する想いがなければ、そこから思い直して大きな決断をすることはできなかったかもしれません。

働く場所に誇りを:持続可能な社会と永久成長構想

ZOZOとの交渉を断念した後、再び不動産の管理会社からWBGの別のフロアを案内される機会がありました。今度は29階、幕張の街と海が一望できる高層階です。初めて見た時から、私はこの景色に一気に惹かれました。

(この景色を眺めながら仕事ができたら、きっと捗るだろうな)

 頭の中に浮かんだのは、その時期に考えていた永久成長構想のイメージと、かつて学生時代に訪れたポートランドの景色でした。

 永久成長構想は、ドットライングループが社会課題を解決する企業として存在し続けるための成長戦略をまとめた構想です。世代や時代が変わっても、会社や組織が成長し続けられるように、原理原則に基づいた戦略を練っていました。

 ポートランドは、私がアメリカを横断した中で一番気に入った街でした。「サステナブル(持続可能)な人類」を掲げたまちづくりがおこなわれ、自然や地域を愛するカルチャーが育まれていました。地元のお店で買い物を楽しみ、来訪者にも優しく、ポートランドという街そのものに誇りを持っている様子が伝わってきました。

 永久成長構想と、持続可能な社会。この二つはとても密接に関係しています。仕事や生活が「持続可能」でなければ、永久に成長し続けることはできません。永久成長構想と持続可能な社会の実現には、自然にも人間にも負担のない働き方をデザインする必要があります。私たちが働くオフィスはどうあるべきか、生き方や働き方はどうあるべきか、幕張の景色を一望したことでようやく点と点がつながって線になりました。

「永久成長構想を、オフィスで表現しよう!」

 そうして私は、WBG29階への移転を決断しました。

働きやすいオフィスとは? 持続可能な働き方をデザインする

コンセプトはポートランド、素材で表現する持続可能な社会

移転を決断してからの動きはスムーズでした。それぞれのスペース、それぞれの素材や物品に、永久成長構想と持続可能性のエッセンスを盛り込みます。インテリアに詳しい社員の吉田さんにデザインを相談すると、意外な提案が返ってきました。

「それなら、ポートランドをイメージするのはどうですか?」

 実は、インテリア業界でもポートランドは有名だったのです。また一つ、点がつながった瞬間でした。

 ポートランドをイメージするのであれば、自然と調和した雰囲気が大切です。床や壁の素材には天然の古木や上質なレンガを使用することにしました。観葉植物や暖色系の照明も、自然の温もりを演出するアイテムとして積極的に取り入れました。

 天然物や本物を取り入れると、短期的にはコストがかかります。しかしそれらのアイテムは長持ちするだけでなく、使うほど味が出ます。つまり、古くなるほど価値が上がります。長期的にみると、実はその方がコストが抑えられるのです。「持続可能な社会」を想うからこそ、素材もコストも妥協しませんでした。

 オフィスのあらゆるところに置いている小物やオブジェも、歴史や時代を感じさせてくれるものを選びました。例えば、ビンや古地図、コンパスや燃料容器といったアイテムは、いろんな人が使い続けてきた歴史を感じさせてくれます。長く使い、長く愛される、「物を大切にする文化」を素材や道具で表現しました。道具も人間も会社も、「年季が入るほど価値が上がる」という感覚を大切にしたいと願っています。

想いや狙いをあらゆるスペースに散りばめて

それぞれのスペースにも、あらゆる想いと狙いが込められています。エントランスから執務室、D-lab(Dラボ)へと、奥へ進むにつれて永久成長構想が表現されるようにデザインしました。実際にドットライングループ本社を訪れた際に体感する流れをご紹介します。

【エントランス】

本社を尋ねると、まずエントランスでアースカラーの青に包まれます。これは地球そのものを表現していて、より大きな視点で「自然」を表しています。

 右側には、企業理念である「幸せの循環創造」を表現したアートを飾っています。題名は『first』、一つ一つの丸の裏側には、制作当時の社員の想いが書かれています。私自身は、「共創・共感・孤独」をテーマに、やや右上に位置付けました。金色にしたのは、トップとして責任を背負う覚悟と、一番輝いていたいという願望のためです。

 左側には、人類の発展の象徴としてプロジェクターを投影しました。これは科学の発展へのリスペクトと、「不幸せをなくすためにテクノロジーを活用する」という会社の姿勢を表しています。映し出しているのはドットラインで働く人たちで、訪れてくれた人を退屈させないように、という狙いがあります。

【ワークスペース(執務室)】

 

エントランスからドアを開けると、左の壁に行動指針「ベーシック8」と、経営スローガン『Change to Arigato(地域の「困った」を「ありがとう」に変える)』が大きく描かれています。会社として大切にしたいことを目立つように表現しました。

 右側にはワークスペース(執務室)が広がっているのですが、仕切りによって見えにくくなっています。ここには二つの狙いがあります。一つは来訪者が社員から注目されて緊張することがないように。もう一つは、来客によって社員の仕事への集中が途切れないようにするためです。

 世間の企業やお店によっては、来客時に全員が作業を中断してあいさつをする風習があります。しかし仕事は「集中力こそ資本」であり、人が通るたびに集中が途切れる状況は望ましくありません。朝の出勤時や通路をすれ違う際のあいさつは大切ですが、集中している時は不要であると私たちは考えました。仕切りを設けてお互いが見えないようにすれば、来訪者は緊張せず、従業員は仕事に集中することができます。

 実は、ワークスペースには電話も設置していません。電話はすべてコールセンターに任せ、電話専用のスタッフを配置しています。誰もが目の前の仕事に集中できるように、ドットライングループではルールと役割分担を明確に設定しています。「ワークスペースで人の後ろを通る時は、座っている人の仕事を妨げないように、歩く側が避ける」といった細かいルールもガイドラインに載せて​いるほどです。

【D-Style Lab】

 そして一番奥へ進むと、アイデアが一番生まれるスペースである「D-Style Lab(通称:Dラボ)」に行き着きます。ここは社内でもっとも景観がよく、幕張のベイエリアが一望できるようになっています。私たちとしてもお気に入りの場所ですから、当然ドットライングループの想いもふんだんに込められています。

 まず、床は全面に古木を使用し、天然の草木もたくさん設置しました。ポートランドのイメージを再現しつつ、自然との調和や持続可能な社会を表現しました。来客や採用面接の際はDラボへ案内することにしており、来訪者には居心地の良さと綺麗な景色を楽しんでいただきます。

 壁面はガラス張りになっており、ここにも重要な狙いがあります。来訪者にとっては、ドットラインで働く人たちの様子も見ることができます。従業員にとっては、ワークスペースからも景色を楽しめるとともに、来訪者から見られる緊張感をもって働くことができます。開放感と緊張感のバランスが集中につながるようにと考えてデザインしました。

 また、それぞれのミーティングエリアには呼び名と使い方を設定しています。取材対応には「M3」を利用し、気軽な打ち合わせには「M4」「M5」を使います。重要な打ち合わせや面接は「M6」「M7」でおこないます。人によって呼び名と使い方がバラバラだと、コミュニケーションにズレや遅れが生じる可能性があります。統一しておくことで意思疎通が円滑になり、仕事を進めやすくなります。

人間よりも長持ちするものに想いを託す

こうして場所や物に想いを込めてデザインすることで、現在のドットラインのオフィスは誕生しました。もちろん、これはゴールではありません。仕事の生産性も、来訪者の楽しみも、永久成長構想も、もっともっと充実させられると思っています。オフィスを通して想いを表現する挑戦は、まだ始まったばかりです。

 私たちはこれからも常に働き方を見直し、インテリアやデザインを洗練させていくことで、ますます働きやすい職場づくりを進めていきます。そして、世代を受け継ぎ時代が変わっても、変わることなく永久成長構想に向かって持続可能な社会を創り続けます。

 私たち人間は、寿命をまっとうできても数十年の命です。しかし、モノや作品、会社は、大切にすれば何百年何千年と長持ちします。私たちがいなくなっても、私たちの想いや考えを受け継いでいくには、モノや作品に託すことが大切です。理念に掲げている「幸せの循環創造」と、それを実現するための永久成長構想は、働く場所や使う道具を大切に扱うことから始まります。

 本社のエントランスに掲げられたアートの題名のとおり、今はまだ第一章(first)にすぎません。これからドットライングループが歴史を重ねるたびに、第二章(second)、第三章(third)と新たな作品を生み出していこうと考えています。その時には、ぜひあなたの想いも乗せていただけると嬉しいです。働く人にも自然にも優しい職場を作ることで、持続可能な社会を一緒に実現していきましょう。

関連記事

おすすめ記事

TOP